悲劇の誕生/ニーチェ

白水社版全集・第1期第1巻に収録。1872年の作品。
再版の際に、タイトルから「音楽の精霊からの」を削り、「あるいはギリシア精神と悲観論」を追加。本文冒頭に、「自己批判の試み」を加筆している。
内容は、3パートに分けて捉えることができる。
まず、「アポロン的なもの」と「ディオニュソス的なもの」という対概念を駆使して、ディテュランボスからアイスキュロスソフォクレスギリシア悲劇までをたどるパート。ここでは、人間にとっての神話・民謡・音楽の根源性が説かれる。
次に、ギリシア悲劇を殺害したエウリピデスと、その背後にいるソクラテス、そこから続くアッティカ新喜劇までをたどるパート。「ソクラテス的なもの」という概念が登場する。これは、合理的・意識的で、存在を修正できると信じるオプティミズムに支配された、意味や目的を探し求める理論的人間のことをいう。
最後に、近代世界のあり方を、「ソクラテス的なもの」を受け継ぐ「アレクサンドリア形式」として批判し、それに対して、「悲劇の再誕生」としてヴァーグナーの音楽に希望を託すパート。ここでは、「ジャーナリズム」や「歴史主義」が批判され、「(特に自己)教育力の低下」が嘆かれている。これは、次作「反時代的考察」で扱われるテーマでもある。


ニーチェの狙いが現代批判にあるため、悲劇の殺害者ソクラテスと、「アレクサンドリア形式」を直結させるという、やや強引な図式になっている。
そのためか、人物や出来事に対する評価が、後のニーチェとほぼ正反対になっている。例えば、キュニコス派ルネサンスを評価せず、ルターの宗教改革を偉大な先人としている点など。
また、ニーチェ自身も「自己批判の試み」で認めているように、「悲劇の再誕生」という理想への期待が表明されて(しまって)いる点も、本作の特徴だろう。


とはいえ、全体に散らばっている要素たちは、基本的に変わっていない。
アポロン」と「ディオニュソス」の緊張性としての公正、苦悩に対する抵抗、勇気をもった孤独な英雄、自分に制限を課す節度、生成と破壊という変転と戯れる喜びなど。ニーチェヘラクレイトスをどれほど高く評価していたか、それがよくわかる並びになっている。